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ドクターKの独りごと;「銅」は「金」と同じ

我々は幼い頃から、あらゆる場所で「順位」という物差しに囲まれて生きている。運動会、絵画展、期末テスト、合唱コンクール...。その最たる象徴が、オリンピックなどで授与される「金・銀・銅」のメダルであろう。誰もが疑うことなく、金が1位で、銀が2位、銅が3位であると認識している。この「金」「銀」「銅」は、しかし漢字で書くと面白いことに気が付く。「銅メダルは金メダルと同じ。銀メダルは金メダルより良い」と書くということだ。一見すると負け惜しみのようにも聞こえるが、その裏には、漢字の構造という言葉遊び以外にも、人間の感情を解き明かす深い洞察が隠されている。

いくつかの研究によれば、銅メダリストのほうが銀メダリストよりも幸福度が高いということが言われている。銀メダリストの視線は、常に「あと一歩で届くはずだった金メダル」という上方に向くため、世界2位という偉業にもかかわらず、心には悔しさや敗北感が強く残る。一方で、銅メダリストの視線は「メダルを逃したかもしれない4位」という下方に向く。一歩間違えれば、4位でメダルを逃すところだった。表彰台に登ることができて、本当によかった。彼らにとっての比較対象は「何も得られなかったかもしれない自分」となる。客観的には3位だが、主観的な喜びの量だけで言えば、金メダリストと「同じ」心理的境地に達しているということらしい。

しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。人は「栄光をつかみ取った瞬間」にのみ、最大の幸福があるのだろうか?確かに、頂点に立った瞬間の達成感は甘美であろう。しかしそれは手にした瞬間に過去のものとなり、同時に「守る側」に回るプレッシャーへとなる可能性をはらむ。そう考えると「栄光をつかみ取ったときの達成感」よりも「目標を追いかけている充実感」のほうが、人間をはるかに輝かせるのではないか?

この「追いかける充実感」という視点に立ったとき、「銀メダルは金メダルより良い」という言葉は意味を持ち始める。銀メダリストが味わう悔しさは、もっと強くなるという次へのステップの爆発的な原動力になり得るからだ。

 

このメダリストの幸福度のパラドックスは、単なるスポーツの世界だけの話ではない。我々は、SNSなどのによって常に他人の「金メダル級の瞬間」を画面越しに見せつけられている。誰かの華やかなキャリア、贅沢な旅行、完璧な家庭、幸せな笑顔...。これらを日常的に目にする中で、我々は無意識のうちに銀メダリストのような「上方比較」の罠に陥っている。自分もそれなりの生活をしている(=銀メダル)」はずなのに、「あのひとに比べれば、自分はなんて惨めなのだろう」と。

我々が生きる上で本当に大切なのは、他人が作ったランキングの順位ではなく、自分自身の心がどれだけの熱量と満足感を感じられているかという主観的な真実であろう。本当の精神的な豊かさと真の幸福を得る心の在り方を諭した「足るを知る」という老子の言葉も、「置かれた場所で咲きなさい」という渡辺和子氏の言葉も、それ以上望まないで満足しろということではなく、今あるものに感謝しながら最大限努力しなさいという意味だと思う。

 

金が一番、銀が二番、銅が三番。それはあくまで他人が決めたルール上での順番にすぎない。本当に大切なのは、他人の物差しに惑わされず、自らの意志で目標を追いかけ、そのプロセス自体を楽しむことではないか?どのような位置に立っていても、どのような逆境に置かれても、視点と思求、そして感謝の火を絶やさない限り、我々の人生のメダルはいつでも金以上の輝きを放ち続けるはずである。 旭川リハビリテーション病院副院長

A Night in Tunisia by Strings K

2026年5月、春を待ちわびる気持ちを込めて曲を演奏しました。 雪が解け、あの日と同じ、みんなが元気に笑い合える日を願って。 あの人は見てくれているでしょうか? お待ちしています! 演奏はすべてリモート動画です。1人ずつスマホで撮影した動画ををPCで編集して作成しています。 実施日:2026年3月 企画 :医療法人社団 shindo 旭川リハビリテーション病院 演奏 :Strings K 編集 :Strings K

 

2026年度新規入職者の皆様へ

 

2026年度新規入職者の皆様

数ある病院のなかから我々旭川リハビリテーション

病院を選んでいただき、どうもありがとうございま

す。心から感謝申し上げます。

今年度も20名を超える入職者をお迎えすることが

できました。我々一同とても嬉しく思っております。

 

皆さんは「リハビリテーション」をどのように

お考えですか?

わたしは「リハビリテーション」とは、

 

患者さんの心の機能や身体の変化によって生活の

支障が生じたときに、

その人が人生を新たなものにしていく過程で、

多職種が連携してその人の問題解決を支援する

総合的アプローチの総称

 

と考えます。

 

当院の基本哲学である「患者さんが、まん中の医療」

を軸としながら、

皆さんと一緒にこの「リハビリテーション」について

追求していきたいと思います。

 

どうか皆さんの若いお力をお貸しください!

 

旭川リハビリテーション病院副院長 小山聡

 

ドクターKの独りごと;ミラノ・コルティナオリンピック

オリンピックは個の極限を競いあうがゆえ、たとえ同じ国であっても心のどこかで否定する…そんな印象をもっていた。しかしミラノ・コルティナは違った。祭典で交わされたのは偽りの笑顔や形式的な握手ではなく、ごく自然なハグや、心からの歓声、そしてレスペクトだった。選手たちは勝敗のさきにあるなにかを見ていた。坂本花織が金メダルの選手を抱きしめ、共に跳ねて喜ぶのを見たときそう感じた。リンクの上には、メダルの色よりもずっと輝くものがあるのだと。

「生きるか死ぬかの覚悟を持って、ここに臨んできた」平野歩夢が自らの限界という壁に挑み続ける姿にも感動した。大会のわずか一ヶ月前、骨盤骨折という致命的な怪我を負い、普通の人間ならベッドの上で天井を眺めて過ごすような時間だったにもかかわらず、車椅子から立ち上り大会に挑んだ。肉体の限界以前に、同じプレイをする精神的恐怖はなかったのだろうか?パイプの縁から空へと高く舞い上がるたび、観客席からは地鳴りのような「AYUMU」コールが沸き起こった。それは勝利を称える声というよりは、一人の人間が死力を尽くして空を飛ぼうとする、その意志に対する深い敬意のようにも聞こえた。 試合後彼は、勝てなかった悔しさを飲み込み、後輩たちの躍進を祝福した。その言葉は、青く澄んだコルテイナの空の中で驚くほど響いた。それは、坂本花織が勝者を抱きしめたあの瞬間と同じ、新しいオリンピック時代を予感させる風景だった。あのときの彼の澄んだまなざしが忘れられない。

「りくりゅう」の二人…彼らが氷の上に描いたのは「信頼」というかたちの物語だった。

フリーの演技を終えた瞬間、氷の上に崩れ落ちた木原。しかし三浦はその肩を優しく抱いた。そこにあったのは、単なるパートナーシップを超えたもっと根源的な「魂の補完」のようなものだったのではなかろうか?二人は互いの欠落を埋め合わせ、一人の人間では決して到達できない高さへ登りつめた。怪我や重圧に追いかけられながらも、二人は決して互いの手を離さなかった。それは坂本花織がリングに描いた連帯とも、平野歩夢が雪山に刻んだ不屈とも、また違う種類の光だった。「(勝つとか負けるとかではなくて)今日は龍一くんのために滑る」二人が見せてくれたのは、自分以外の誰かを心の底から信じ抜くという、今の世界では絶滅しかけているかもしれない、ある種の「誠実さ」のかたちだったように思う。テレビ画面の向こうに我々が目撃したのは、得点によってメダルの色を決めるといった、数字で割り切れる種類のものではなく、競技に対する本来の基本的な精神の変容ではなかったのか?雪上やリンクの上に刻まれたシュプールはもう消えてしまったが、そこで交わされた選手たちの精神の共鳴は消えない。旭川リハビリテーション病院副院長

りはぴょん21;2026年のごあいさつ

 

(りはぴょん、りはっぴい)

2026年、あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします!

 

       (りはぴょん)早速のお正月飾りです!

 

(りはっぴい)おっきな羽子板だなあ!

 

 

               ねえ、りはっぴい

      別の階にもお正月飾りがあるみたい!

 

そなんだ! いってみようよ!

 

 

 

ここだね!

                   そうね!

 

 

 

 

       ねえりはっぴい、これ、絵馬かしら?

            「一筆いかがですか」って

               書いているわよ?

 

 

そうだね!

なにかかいてみたらいいよ!

                   そうね!

             なんて書こうかなあ…

 

この階もなかなかきれいだな!

 

 

 

ほかにもたくさんの飾りつけあって、

入院している患者さんもうれしいだろうなあ!

 

 

(りはっぴい、りはぴょん)

「素敵♡」なお正月飾り どうもありがとう!

 

ドクターKの独りごと;置かれた場所で咲きなさい

2025年大晦日、TVで紅白歌合戦を見た。今年で紅白出場は最後と宣言した歌手Gをみるためだ。大スターの最後の出場なのにどうしてトリでないのだ?といった不満をある知人に話したところ、知人はこういった「彼はいつでもどこでも置かれた状況で全力で走って一生懸命歌う。ただそれだけだ。それがいいのだ。それが見ている人をどんなに元気づけることか、彼は知っている。トリとかそういうのは彼にとってどうでもいいことだ。」

目から鱗が落ちた。確かにTVの向こうの彼はいつも通り全力で会場を駆け巡り、息切れひとつせず最後まで笑顔で歌い切った。一昨年も去年も、そして今年も。

 

四半世紀以上前の自分の曲を同じ音程で、同じ振付で唄うのって、どれだけのプロができるのだろう?信じられない歌唱力に体力。年齢は古希と言っていた。彼の見た目は確かにそうは見えない。だがそれ以上にもっとすごいのはその精神だ。大スタ―にもかかわらず傲慢にならず常に謙虚な姿勢。そして新しいことにもチャレンジし続ける。大スターにもかかわらずバラエティとか歌番組のコラボもノリノリにこなして、しかも面白い!なにより本人が積極的で本当に楽しそうなのだ。紅白でも他の歌手の応援や有志参加のダンスも一番楽しそうだった。昭和・平成・令和という時空を超え、Gというスターであり続ける奇跡。いろいろなことを経験してすべて乗り越えてきた人間にしかだせないオーラ。

 

『置かれた場所で咲きなさい』という渡辺和子さんの本を思い出した。「置かれた場所で諦めず、最善を尽くすことで、幸せになりなさい。それがきっとあなたの周りの人をも幸せにするから」という内容である。確かにGをみている我々は元気になった。勇気をもらった。Gも笑顔だった。『置かれた場所で咲きなさい』とは、自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いでなかったと、証明することなのです。渡辺和子さんは言う。

 

「置かれた場所で咲きなさい」

という価値観が尊いことに異論はない。置かれた状況で全力を尽くすべきだと思う。

しかしその上で新たなチャレンジに全力で挑むこともありだと思う。「今年で70歳。これを区切りとして、新しいアーティストに思いをつなげたい」と言うG。これからも新たなチャレンジをし続けるのだろう…。今までどうもありがとうございました!

 

来年から紅白にGの歌声と笑顔がないのは、とても寂しい。

旭川リハビリテーション病院副院長

ドクターKの独りごとメリークリスマス!そして新年おめでとう!

12月24日のクリスマスイブ。一般的にサンタさんはイブの夜にプレゼントを枕元に置いて去る。姿の見えないサンタさんは子どもにとって不思議な夢の存在である。どうして自分の欲しいものがわかるのだろう?どうやっておもちゃをここまで運ぶのだろう?不思議な気持ち、喜びや驚きが交差する。25日の朝、様々な不思議はプレゼントをもらった喜びによってかき消され、サンタさんの存在問題はいつの間にか先送り案件となってしまう。

 

プレゼントの形は物だけだろうか?

サンタクロースは物質的なプレゼントを運ぶ不思議な人物ではない。誰かを思いやり、夢や喜びを守る人々の愛情や行動の象徴である。信じる心、希望、愛情、そして誰かの笑顔を見たいという願い…それらすべてが、形のない、しかし最も価値がある「プレゼント」となってこの日の夜、子供たちに注がれる。12月24日、夢を信じる子供たちの純粋な心に感謝し、かつて自分が夢を信じていたように、今度は私たちが子供たちの夢を守り、育むことを楽しみたいものである。

 

ジョンレノンの歌にHappy Xmas (War is Over)という曲がある。

『メリー・クリスマス!そして、新年おめでとう!

新しい一年が、あなたにとってなんの憂いもなく、良い年でありますように!』

という歌詞の歌である。そして歌はこう終わる。

『争いはなくなるんだ  私たちひとりひとりの行動で

争いをやめよう いまこそ!』

 

争いとは国家間の戦争だけではない。個人間のけんか、集団によるいじめ、団体同士のいがみ合い…人間は複数集まれば利益、目的、意見、価値観、正義感などが対立するものだ。互いに主張し譲り合わなければぶつかり合って争いになるのは当然である。争いのない明日をつくることが、争いのない最良の道を模索しあうことが、私たちにできるのだろうか?

 

子どもたちは未来が形づくられるのを純粋な眼で見つめている。次の世代に夢を繋ぐ私たちの指先を、世の中を、そして世界の平和を。

 

Happy Xmas and Happy New Year by Strings K

2025年12月、XmasそしてNew Yearと年末年始に向けての曲を演奏しました。

世界が平和でありますように。

演奏はすべてリモート動画です。

1人ずつスマホで撮影した動画ををPCで編集して作成しています。

実施日:2025年12月

企画 :医療法人社団 shindo 旭川リハビリテーション病院

演奏 :Strings K

編集 :Strings K

 

りはぴょん20;サンタさんはいるの?

 

こんにちは!

りはぴょんです

今年はまだ雪が少なくて、

ちょっぴりさみしいかも。。。

でも病棟はすっかりクリスマスな雰囲気です

 

 

モールのツリーのまわりには

手作りのいろんなものが飾られています

 

 

これは毛糸で作ったサンタさん

 

 

紙で作った雪だるまくん

 

 

お鼻が真っ赤なサンタさん

かわいいね!

 

 

ねえ、りはっぴい?

サンタさんって

ほんとにいるのかな?

 

 

         子どもたちの夢を守っている人

            世界中にいっぱいるんだ

     この病院の看護師さんや助手さんは勿論、

          リハビリスタッフや先生たち

  りはぴょんを慈しんでくれているみんなもそう。

         

         この飾りつけを作ってくれた人

        このブログをみてくれている人…

 

   そういう人たちのことをクリスマスイブには

       特別にサンタさんと呼んでいるんだ。

 

 

今まで夢を見る側でいたわたしも、

いつかみんなの夢を守る側になるのね?

 

     りはぴょんが夢を信じていてくれるから、

ぼくたちは夢を守ることを楽しむことができるんだ

 

そうなんだ ありがとう、りはっぴい!

            りはぴょんもありがとう!

そして、

 

       「素敵♡」な飾りつけ

       どうもありがとう!!

 

ドクターKの独りごと;絶対に言わないでください

「母には絶対に言わないで、ここだけの話にしておいてほしいのですが…」Aさんの娘はそう切り出した。当院に通院中のAさんが他院で不治の病と診断されたのだ。これ以上母を悲しませないでほしいというAさんの娘。「わかりました…。」娘様の気持ちを汲んで私はそう答えた。

 

「先生、私はどうして良くならないのですか?本当のことを教えてください」十何年と長い期間、外来主治医として寄りそってきたAさんに、私はどう接すればよいのだろう?「Aさんは病気と闘ってがんばっておられます。お気持ちもわかりますが、良くなることを信じてがんばりましょう…。」Aさんの病気の治る見込みがないのは医師である私は十分知っている。私に嘘をつかれたAさんは何を信じてばいいのか?何をがんばればいいのか?そしてAさんに「がんばろう」とにっこり微笑む私は一体…。

 

二者選択のジレンマに陥ったとき、何に従えばよいのだろうか?選んだその答えは自分の心に忠実だったのだろうか?社会には守るべき規範がある。嘘をつかないというのもそうだ。「鶴の恩返し」という昔話がある。鶴は命を助けてくれた男への感謝から、自らの羽を抜いて美しい布を織り、恩を返そうとするのだが、自分の正体がばれないよう、「決して機織り部屋をのぞかないでほしい」と男に約束させる。しかし男は開けてしまい、二人の仲が破局してしまう。この話は社会の関わりには、約束や節度が重要であるという示唆を含んでいる。乙姫様との約束を破って玉手箱を開けてしまった男が一瞬で老いてしまった「浦島太郎」も、約束を破ることの重大さ、約束を守らなければ大切なものを失ってしまうという教訓が伺える。

では「安宅の関」の話はどうだろうか?敵に追われた(敵とはなんと兄の源頼朝なのだ!)源義経が、弁慶をはじめとする家来たちと共に北へ逃げるその途中、安宅の関でそこの関守に正体がばれてしまう。しかし、弁慶の主君を想う心意気に打たれた関守は源義経や弁慶らの関所通過を許可する。関守は主君の命令や関守としての規範の板挟みになるが、弁慶の真摯な振る舞いに心を動かされ、最終的には主君の約束を破り、弁慶の心意気を重んじたのである。この話は、世の中は単に約束を守ること以外にも、自分の心に忠実な選択もまた重要であるということを示している。

 

Aさんに「お気持ちはわかりますが…」と言ってしまったことに後悔している。Aさんの置かれた状況も知らないのに、安易な言葉すぎたと思う。病気の宣告に関しては…何が正しいのかいまだに答えは出せていない。でも最近こう思う。少なくとも今の私がしなければならないことは、本当のことを言うのか言わないのか悩むことではなく、その場しのぎの慰みの言葉を言うことでもない。Aさんの心情を踏まえながら、Aさんの立場に身を置きながら、Aさんの言葉に共感を持ちながら、Aさんの一生に責任を負うという決意をAさんに伝えることではないのだろうか?

旭川リハビリテーション病院副院長

ドクターKの独りごと;「先生にすべてお任せします」

患者様の奥様はそう言って深々と頭を下げた。患者様の治療方針をご家族様に説明するとほとんどはこういったパターンで終わる。
「先生にすべてお任せします」とは一体どういう意味なのだろうか?と考えることがある。
私の話をすべて理解でき、そのうえで私の選択に同意しましたという意味とは、到底思えない。その証拠にそのあと多くのご家族はこう追加する「わしらはそう答えるしかないんだ…」。

 

白か黒か?右か左か?正しいのか間違っているのか?昨今の世の中をみると、物事を大きく2つに分けてあなたはどちらなのか?といった論議をするひとが多くなった気がする。世の中、二者選択で解決できるほど単純なものなのだろうか?話を単純にして物事を言い切る人はカッコいい。決断力もあってリーダーシップに長けているようにも見える。
しかし話を単純にするというのは、複雑なことを十分に咀嚼したうえで、すべての全体像が見えるように相手にわかりやすく伝えることである。複雑なことや面倒なことを省略するということでは決してない。そのためには相手がどういえば理解できるのかをあれこれ考えながら言葉を選ぶ能力が必要である。横文字やカタカナに略語、聞いたこともない単語…まるで話が見えない。だから我々は人を選ぶとき、何かを決めなければならないときは、その人の説明や能力とは全然関係のない、わかりやすい別の側面で人を選んでしまいがちだ。なにをしゃべったかではなく、誰がしゃべったか?

 

とはいえ、すべてが見えるように相手にわかりやすく伝えるというのは非常に困難であるのも事実である。特に医学用語は難しい。相手が理解できない言葉を使えば当然理解はしてもらえない。あるいは理解こそすれ、受け入れないということもあろう。相手が理解できるように言葉や表現を工夫するだけではなく、ときには文章にしたりシェーマ(図表)を用いるのも重要である。患者様やそのご家族のなかで意見が食い違うこともある。しかしそういう時こそ一旦引き下がって、とりあえず相手の発言を受け入れることも重要である。たとえ相手の理解が医学的に間違っていても相手の立場を理解することはできそうである。そして論議を先延ばしする(ネガテイブケイパビリテイー)ことも必要であろう。

 

医学という限られた分野だけでも大変なのだ。老若男女、あらゆる職業あらゆる立場のの全国民、そして世界中の国々と対応する政治家たち…凄いと思う。

旭川リハビリテーション病院副院長

りはぴょん19;七夕飾り

 

こんにちは りはぴょんです

8月は七夕ですね

 

北海道では函館や根室の一部を除いて旧暦の7月7日

にあたる8月7日に行われることが一般的みたいです。

早速、病棟でも飾り付けがおこなわれてました!

 

 

たんざくが置いてあって、

自由に願い事がかけるみたい

 

 

ごもっともです(^-^;

 

 

どなたかわかりませんが、

ありがとうございます!

 

私も何か書いてみようかな!

 

 

りはっぴいに彦星になってもらって、

わたしはおり姫様に…

 

 

「素敵♡」な飾りつけ

どうもありがとう!!

 

 

 

りはぴょん18;外来車いす清掃

 

当院では月1回、外来設置の車いすをpikka pikaにする日

があるそうです。それでリハっピイと2人で見学に

いってきました。

 

あ、もう始まってました!

 

事務のお姉さんたちが

一生懸命に車いすを

磨いています。

 

 

 

 

後ろのポケットの中も、

 

 

 

 

ステンレスの部分も、

 

 

 

 

 

 

 

pikka pikaにします!       

 

本当に…

 

 

pikka pika!

 

 

 

 

ねえ、りはっぴい、これに乗ってさあ、

お散歩行かない!

 

 

磨きたての車いすに乗って  ほんと

気持ちよかったあ!

 

「素敵♡」お姉さんたちの「素敵♡」な活動

どうもありがとう!!

 

 

ドクターKの独りごと;ただいるだけで

いわゆる寝たきりの患者さんが入院している。仮にAさんとしよう。Aさんは頚髄を患い、首から下はほぼ動かない状態である。手や足を動かすのはおろか、自分で寝返りさえうてない。生きていくための栄養はお腹に穴をあけて(胃瘻)そこから胃に流動食を流し込む。排泄や体交(床ずれができないように定期的に体を動かすこと)を含め、ほとんどすべてのことは看護師や看護助手にしてもらわなければならない。定年退職して、さあこれから人生を楽しもう!といった矢先の発病。Aさんやそのご家族は、筆舌に尽くしがたい苦しみであろう。発症から数年たってリハビリ目的で転院してきたAさん。セラピストの献身的なリハビリによって、Aさんは喉の穴(気管切開口)に特殊な蓋をして声を出すことができ、プリンやゼリーなどを食べられるようになった。転院したはじめこそAさんはいろいろと訴えが多かった。しかしその内容は痰が絡んで苦しいとかどこそこが痛いとかいったたぐいのことで、今振り返ってみると置かれた状況が辛いとか、どうして自分が病気になったのかといったことは聞いたことがない。看護スタッフやリハビリスタッフには本音をもらしていたのかもしれない。しかし少なくとも私の耳には入ってこなかったのは事実である。

そんなある日、Aさんとそのご家族とで一緒に当院の庭でひなたぼっこする機会があった。家族に囲まれて嬉しそうなAさん。遠慮してその場から少し離れ、Aさんとそのご家族の様子を遠目で見守った。積もる話に花が咲くAさんのご家族。Aさんは楽しそうにそれを聞きながら、時々相槌を打ったり、表情を変えたりしてじっと聞いていた。そしてご家族1人1人に近況を聞いたり何かのアドバイスをしたりしていた。会話の内容こそわからなかったが、家族の中心にAさんはいた。病人としてではなく、父として、夫として、じいじとして、家族のまんなかにAさんは存在していた。

  •    *    *    *

社会では、人間は行動で評価されることがほとんどである。今まであなたは何をしてきたのか?今あなたは何をしているのか?これからあなたは何をするつもりなのか?なにも行動していなければ怠けている、生産性がない、役立たずと評価されるのが普通であろう。でも、ただ居るだけというのは、本当に役にたたないのだろうか?

 

Aさんはたしかに自分では何もできない。しかしAさんはただそこに居るだけで何らかの役割を果たしていたように感じた。事実、あのときAさんはAさんにしかできない役割をもって家族の中心にいた。Aさんに聞いたことがある。以前から(今のように)立派な人だったのですか?笑いながらAさんは答えた「仕事から帰ってきてビールを飲んで寝る、普通のおじさんでしたよ」

 

初夏の日差しに照らされたAさんをみながら、ただいるだけで…有名な詩があったのを思い出した。

りはぴょん17;春の壁飾り

 

こんにちは りはぴょんです

桜が咲いたと思ったら、昼間は暑くて、

もう初夏ですね!

 

このまえ病棟で、春の飾りつけをみつけました

 

 

こいのぼりに、かぶとに、チューリップ…

 

 

蝶々は、はねの色がとってもきれい!

 

 

チューリップは、折り紙の手作りなんですね!

 

 

もしかして、

たんぽぽも手作りなのかなぁ? すごいなぁ!

 

 

今回、特別に、副院長の許可をもらって

お花畑のなかで1枚撮ってもらいました

 

みなさんはまねしないでくださいね(^-^;

 

「素敵♡」な飾りつけ、どうもありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年度新規入職者の皆様へ

 

2025年度新規入職者の皆様

数ある病院のなかから我々

旭川リハビリテーション病院を選んでいただき、

どうもありがとうございます。

心から感謝申し上げます。

今年度も20名を超える入職者をお迎えすることが

できました。我々一同とても嬉しく思っております。

 

さて、近年の医療改革や国内経済の影響を受け、

この医療業界も大きな転換期を迎えております。

しかし諸問題に直面し、個人の弱さや集団の脆さが

露呈されたその矛先は、いつも決まって患者です。

 

我々は、当院の基本哲学である

「患者さんが、まん中の医療」の方針に

ぶれることなく、

これからも全身全霊を傾けていく所存です。

 

どうかみなさまの若いお力をお貸しください!

そして一緒にこの荒波を乗り越えていこうでは

ありませんか!

 

旭川リハビリテーション病院副院長 小山聡

 

 

 

2025年3月に当院を退職される皆様へ

この春、当院を退職される皆様へ

 

苦楽を共にした仲間との訣別はつらいものです。

でもその選択が、輝く未来へ続くのであれば、

笑顔でお贈りしたく思います。

 

ありがとう

お元気で

 

strings K  オンブレマイフ

雪の華 by Strings K

約1年ぶりの動画配信になります。2025年冬の旭川と

近郊の風景をおりまぜて作成しました。

 

 

りはぴょん16;2025年のごあいさつ

 

2025年、あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします!

と思ったら、あっという間にもうすぐ2月…

リハぴょんはあわてて病院探検してまわりました💦

 

 

わあっ!

早速、すごいのみいつけた!

 

 

和製のガーラント、色使いがとってもきれい!

旭川市指定の木であるナナカマドの実もあるね

 

 

それにしても、

作業が繊細できれい…。これ、既製品じゃないよね?

 

 

奴だこもたくさん天井に舞っていたよ!

「素敵♡」なお正月飾り どうもありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクターKの独りごと;2024年を振り返る

2024年もあと1日で終わり。今年もいろいろあったが、今年ほどイデオロギーのぶつかり合いで火花が散った年はなかったのではないだろうか?価値観の多様化。10人いたら10の正義がある。何が正解で何が不正解なのか?残念ながら全ての物事が満場一致で解決できるものではないのは事実だ。

 

「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉がある。19世紀の詩人ジョン・キーツが唱えた言葉だ。どうしても対処できない状況に耐える能力のことを指す。容易に答えが出ない事態にも性急に事実の解明や理由を求めず、不確実さや未解決であることを受容する能力と言い換えることができる。

 

多様化する価値観のぶつかり合いや容易に答えの出ない事態に対して、最も必要なのは「共感すること」である。ぶつかり合いながらも最良の改善策にベクトルを向けるよう、意図的に柔軟にふるまう。最悪の事態にならないように能動的に耐える。現代はそういった能力が要求される時代であろう。

 

我々は今 分水嶺に立たされている。

「価値観の多様化」という時空を経て、

ひとは 医療は 世の中は

いったいどこに向かって流れていくのだろう?

 

旭川リハビリテーション病院副院長