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ドクターKの独りごと14.「赤とんぼ」の母

「赤とんぼ」について調べていくと驚くべきことがわかった。作詞の三木露風が幼少のとき離婚により生き別れとなった母「碧川かた(みどりかわかた)」さんのことである。

かたさんは離婚後、三木露風を祖父母に預け、露風の弟である乳飲み子を引き取り育てながら学校に通い、東京帝国大学病院の看護婦(師)となっている。彼女の人生はそこで終わらない。その後彼女は、日本初の婦人団体である新婦人協会に属し、女性の社会的自立や政治・社会への男女共同参画、婦人参政権運動などさまざまな女性解放運動に挺身したのだ。また、「足尾鉱毒事件」の救済活動や「米よこせ運動」「廃娼運動」「禁酒運動」「狂犬病撲滅運動」等多方面にわたって身を投じた。また、三木家とは家族ぐるみの付き合いをおこない、「かた」の実子の長男にあたる三木露風は碧川家からも尊重されていたようだ。実際、彼女の墓票には『赤とんぼの母 此処に眠る』と三木露風の染筆によって記されている。

 

明治・大正・昭和と3つの時代を奔走し、関東大震災、東京大空襲を生き抜き、戦前という世の中で女性解放や男女平等や命の重み,家族の大切さを説いた彼女の行動力。1962年に93歳(90歳との説もある)で永眠するまで時代に翻弄されることなく自らの「生」を生き抜いた彼女の生き方。ある意味凄みさえ感じる。

 

「山に野にしもべとなりて詩歌つくり あれし日本の人に尽くせよ」

 

詩人となった息子を励ます母「かた」が露風に送った手紙の一文である。くれぐれも健康に注意してとか、無理をしないで少しは体を休めなさい...ではない。日本を良くするために(仕事である歌をつくって)身を粉にして働きなさい!といったところだろうか…

 

あっぱれとしかいいようがない。

*  *  *

年老いた夫が助からない病気となって入院したとき「じいさんは若いころ好き勝手やって楽しんだんだ。しょうがないのさ!」嫌だ嫌だという夫に対して大声でそう言い放った奥様。しかしそうは言いながらも毎日病院に通っては朝食を介助し、昼は夫の傍で手弁当を食し、「じいさんはわがままだから看護婦さんの迷惑になったら申し訳ない」と、夕食の介助をしてから消灯前まであれこれと世話をしてから帰路についた。歯磨きから下の世話まで手伝い、苦しいと弱音を吐く夫をしかりつけながら、背中をさすったりしていた。やることがないときはベッドのわきに硬い丸椅子を置いて過ごしていた。腰を悪くするからと勧めたクッション付き背もたれ椅子には「申し訳ないから....」と1度も座ることはなかった。そんな日々がいつまでも続くのかと思っていた矢先、ご主人は2回目の正月を病院で迎える直前に亡くなった。ご臨終のときも表情を崩すことなく、気丈にも「ありがとうございました」と深々と頭を下げていた。そして最後、病院を出るときにはじめて人前で見せた大粒の涙…

 

あっぱれとしかいいようがない。

 

旭川リハビリテーション病院副院長

 

ドクターKの独りごと13.「赤とんぼ」三木露風

ゆうやけ こやけの あかとんぼ

おわれてみたのは いつのひか…

 

誰もが1度は歌ったことがあるであろう「あかとんぼ」。

 

この歌には、我々の心の奥深くを震わせる感動がある。生まれ故郷への慕情。親のぬくもり。愛する人との別れ。人それぞれ思いは違っても湧きおこる感情は同じであろう。

 

「赤とんぼ」の歌詞は三木露風(みき ろふう 1889-1964)という兵庫県出身の詩人が書いたもので、彼が北海道函館市の西に隣接する北斗市トラピスト修道院に講師として赴任していたときに詠った詩である。詞の主人公は三木露風自身で、トラピスト修道院で幼い頃を思い出して書いたものであることが自筆のメモに記されている。幼いころに実母と生き別れとなった露風は子守り奉公の姐やに育てられてた。夕日の中、竿の先に佇む赤とんぼをみて、露風は姐やに背負われながらみた赤とんぼの記憶とオーバーラップしたのだろう。

 

十五で姐(ねえ)やは嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた

 

お嫁に行った姐やのことは自然と話題にならなくなり、大人たちはみんな忘れてしまっている。でも「私」はふと想い出してはたまらなく懐かしい気持ちになる。姐やは今どうしているのだろうか....姐やに対する思慕の情。姐やがいなくなった後、再び孤独となった嘆きの心情を竿の先にとまっている1匹の赤とんぼに重ねて詠ったのであろうことが推測される(家森長治郎,奈良教育大国文,5,4-11,1981)。幼くして生き別れとなった母親に対する露風の母恋、一緒に桑の実を摘んだやさしい姐やへの思慕は、1匹の赤とんぼに二重写しとなっている。

 

   *    *    *

 

全身状態が悪く、意識が朦朧とする中で繰り返し「おかあさん…」と呼び続けている高齢の患者さんがいた。彼のまぶたの裏に浮かぶおかあさんは一体だれを指すのだろう?大正生まれのその彼は、私が想像もつかないような幼少時代を過ごしてきたに違いない。布団の中でそっとその手を握ってみた。そしたらまもなく静かになって眠ってしまった。

 

赤とんぼ とまっているよ 竿の先

 

とんぼは変温動物で、秋の夕暮れでは飛び立つ前に日光を十分浴びて体温を上げるそうだ。そのため横腹と日光の角度を調節しやすい「先っぽ」にとまる必要があるとのこと。太陽の光を「明日に飛び立つ糧」にするのはとんぼも我々も同じである。

 

旭川リハビリテーション病院副院長