患者様の奥様はそう言って深々と頭を下げた。患者様の治療方針をご家族様に説明するとほとんどはこういったパターンで終わる。
「先生にすべてお任せします」とは一体どういう意味なのだろうか?と考えることがある。
私の話をすべて理解でき、そのうえで私の選択に同意しましたという意味とは、到底思えない。その証拠にそのあと多くのご家族はこう追加する「わしらはそう答えるしかないんだ…」。
白か黒か?右か左か?正しいのか間違っているのか?昨今の世の中をみると、物事を大きく2つに分けてあなたはどちらなのか?といった論議をするひとが多くなった気がする。世の中、二者選択で解決できるほど単純なものなのだろうか?話を単純にして物事を言い切る人はカッコいい。決断力もあってリーダーシップに長けているようにも見える。
しかし話を単純にするというのは、複雑なことを十分に咀嚼したうえで、すべての全体像が見えるように相手にわかりやすく伝えることである。複雑なことや面倒なことを省略するということでは決してない。そのためには相手がどういえば理解できるのかをあれこれ考えながら言葉を選ぶ能力が必要である。横文字やカタカナに略語、聞いたこともない単語…まるで話が見えない。だから我々は人を選ぶとき、何かを決めなければならないときは、その人の説明や能力とは全然関係のない、わかりやすい別の側面で人を選んでしまいがちだ。なにをしゃべったかではなく、誰がしゃべったか?
とはいえ、すべてが見えるように相手にわかりやすく伝えるというのは非常に困難であるのも事実である。特に医学用語は難しい。相手が理解できない言葉を使えば当然理解はしてもらえない。あるいは理解こそすれ、受け入れないということもあろう。相手が理解できるように言葉や表現を工夫するだけではなく、ときには文章にしたりシェーマ(図表)を用いるのも重要である。患者様やそのご家族のなかで意見が食い違うこともある。しかしそういう時こそ一旦引き下がって、とりあえず相手の発言を受け入れることも重要である。たとえ相手の理解が医学的に間違っていても相手の立場を理解することはできそうである。そして論議を先延ばしする(ネガテイブケイパビリテイー)ことも必要であろう。
医学という限られた分野だけでも大変なのだ。老若男女、あらゆる職業あらゆる立場のの全国民、そして世界中の国々と対応する政治家たち…凄いと思う。
旭川リハビリテーション病院副院長