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ドクターKの独りごと;ただいるだけで

いわゆる寝たきりの患者さんが入院している。仮にAさんとしよう。Aさんは頚髄を患い、首から下はほぼ動かない状態である。手や足を動かすのはおろか、自分で寝返りさえうてない。生きていくための栄養はお腹に穴をあけて(胃瘻)そこから胃に流動食を流し込む。排泄や体交(床ずれができないように定期的に体を動かすこと)を含め、ほとんどすべてのことは看護師や看護助手にしてもらわなければならない。定年退職して、さあこれから人生を楽しもう!といった矢先の発病。Aさんやそのご家族は、筆舌に尽くしがたい苦しみであろう。発症から数年たってリハビリ目的で転院してきたAさん。セラピストの献身的なリハビリによって、Aさんは喉の穴(気管切開口)に特殊な蓋をして声を出すことができ、プリンやゼリーなどを食べられるようになった。転院したはじめこそAさんはいろいろと訴えが多かった。しかしその内容は痰が絡んで苦しいとかどこそこが痛いとかいったたぐいのことで、今振り返ってみると置かれた状況が辛いとか、どうして自分が病気になったのかといったことは聞いたことがない。看護スタッフやリハビリスタッフには本音をもらしていたのかもしれない。しかし少なくとも私の耳には入ってこなかったのは事実である。

そんなある日、Aさんとそのご家族とで一緒に当院の庭でひなたぼっこする機会があった。家族に囲まれて嬉しそうなAさん。遠慮してその場から少し離れ、Aさんとそのご家族の様子を遠目で見守った。積もる話に花が咲くAさんのご家族。Aさんは楽しそうにそれを聞きながら、時々相槌を打ったり、表情を変えたりしてじっと聞いていた。そしてご家族1人1人に近況を聞いたり何かのアドバイスをしたりしていた。会話の内容こそわからなかったが、家族の中心にAさんはいた。病人としてではなく、父として、夫として、じいじとして、家族のまんなかにAさんは存在していた。

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社会では、人間は行動で評価されることがほとんどである。今まであなたは何をしてきたのか?今あなたは何をしているのか?これからあなたは何をするつもりなのか?なにも行動していなければ怠けている、生産性がない、役立たずと評価されるのが普通であろう。でも、ただ居るだけというのは、本当に役にたたないのだろうか?

 

Aさんはたしかに自分では何もできない。しかしAさんはただそこに居るだけで何らかの役割を果たしていたように感じた。事実、あのときAさんはAさんにしかできない役割をもって家族の中心にいた。Aさんに聞いたことがある。以前から(今のように)立派な人だったのですか?笑いながらAさんは答えた「仕事から帰ってきてビールを飲んで寝る、普通のおじさんでしたよ」

 

初夏の日差しに照らされたAさんをみながら、ただいるだけで…有名な詩があったのを思い出した。