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ドクターKの独りごと 1. 「復活」

2020年6月30日、日本ハムファイターズホームグラウンドである札幌ドームの開幕のマウンドには上沢直之投手が立っていた。左膝骨折から378日ぶりのマウンドにむかう彼の背中に、観客の声援はなかった。新型コロナの影響で無観客での試合となったからである。解説を除いては、テレビから聞こえる音はキャッチャーミットの音と審判の声だけだ。長いリハビリ生活を経て、1年ぶりにマウンドに立った上沢投手の気持ちはどのようなものであったであろうか?復活の初球は150㎞/hのストライクだった。第1球。キャッチャーミットの響き。「ストライーク!」アンパイヤ―の叫び…。初回はなんと3者連続三振…忘れることはないだろう。

 

上沢投手の復帰戦を見ていて、私は元巨人軍の吉村禎章を思っていた。1988年7月6日、札幌円山球場で起きた守備中の大けが。左ヒザ靭帯4本のうち3本を断裂し、更には腓骨神経も損傷。選手生命を脅かすどころか、日常生活ができるのか?というくらいの重症だった。2度の手術を経て1989年9月2日、読売ジャイアンツのホームグラウンドである東京ドーム対ヤクルト戦。7回裏二死三塁の場面で藤田監督から代打が告げられると、東京ドームは割れんばかりの大歓声に包まれた。423日ぶりの打席の結果は二塁ゴロ。それでも吉村選手は一塁へ全速力で走った。観客からの大きな拍手とスタンデイングオベーション。吉村選手も観客も、そしてTVをみている我々も歓喜で涙したものだ。

 

一方で…マウンドに向かう上沢投手の背中に声援はなかった。静まり返った球場。これがコロナ時代の野球観戦なのか…。上沢投手自身、少し寂しさも感じたようだが、それでも「マウンドで投げられたこと自体が本当に楽しかった」と試合後のインタビューでコメントしていた。

 

違和感だらけの野球中継であったが、見ているうちにあることに気が付いた。投手が投げる球種によってこれほどまでにミットの音が変わるのか!1球1球、審判はこんなにも大きな声でカウントを叫んでいるのか!西川選手が送りバントの構えをしたときのバッテリーの空気の変化。4番中田選手に一発がでれば勝ち越しという場面、マウンドに集まるソフトバンク選手らの緊張感。両チームダッグアウトからの声援…。こういった野球観戦もある…と。

 

彼らは今、野球をやって遊んでいるのではない。プロのスポーツ選手として闘っているのだ。この瞬間の最高のパーフォーマンスのために、なによりチームが勝つために、オフシーズンから日々汗を流してきているのだ。常に全力が故に怪我と隣り合わせの、そんな毎日がつらくないはずがない。ましてや怪我からの復帰に選手はどれほどの不安や苛立ちを感じることだろう…。吉村禎章も「現役の17年間、いろいろなことがあったが、振り返ってみたら面白かった」。そう、楽しいとか面白いというのは、困難を克服して振り返ってみてはじめて思うことなのだ。「マウンドで投げられたこと自体が本当に楽しかった」ともすれば軽いのりでとらえられがちな上沢投手のこの言葉が、実はどんなに深く重い言葉であったのかは、試合後のインタビューだけでは決してわかるまい。

 

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「お元気でしたか?」外来診察のはじめに私は患者さんに必ずこの言葉をかける。長いリハビリ期間を経て、がんばって、がんばって、それでももとのように体は動かない。身も心も大変な思いの毎日であるのはよく知っている。でも私は聞かずにはいられないのだ。なぜなら患者さんは、けっして楽しい場所ではない病院という場所に来てくれて、長い診察待ち時間を待たされて、私の言葉に少し戸惑いながら、それでも「元気でした」といってくれる…その笑顔が、私はとても好きだから。

 

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余談ではあるが、上沢投手はケガの手術後に自身のブログでこう記している「今回のことはプレー中に起きたことですし、ピッチャーをやっている以上仕方のないことだと思います。ソト選手(横浜DeNAベイスターズ)の打球は速すぎて見えませんでした笑」「それはソト選手が素晴らしい打者であると同時にそのような打者と対戦できることはピッチャーとして幸せです!これからリハビリ頑張ってまた1軍の舞台で投げれるように頑張ります!」ソト選手は実際にこの年セリーグ打撃・本塁打で2冠王となっている。本物は本物を知る…是非二人の再対戦を見たいものだ。

 

                                                        旭川リハビリテーション病院副院長